高齢者の口腔ケア

高齢者は口腔ケアで予防!

 肺炎は、がん、心臓病、脳卒中に次いで、我が国の死亡原因で4番目に多いです。2010年には約12万人が亡くなっており、このうち65歳以上の高齢者が97%を占めます。高齢者の肺炎の約6割が、誤って気管にのみ込むことによる誤嚥性性肺炎との報告もあります。

肺炎の症状は、発熱やせき、息苦しさなどです。ところが、感覚が鈍くなっている高齢者は自覚症状が少なく、発見が遅れがちになりやすいです。

高齢者は食欲不振や、だるさ、意識がもうろうとするなど、一見、肺炎とはわかりにくい症状を示すことも珍しくありません。普段から、むせる姿が目立つ人は、誤嚥性肺炎を疑うべきでしょう!

中でも注意が必要なのは、寝ている時など気づかないうちに感染し、肺炎を起こす「不顕性誤嚥」です。寝ている間に、細菌を含む唾液などが気管に流れ込むことが原因です。

 「肺炎を繰り返す高齢者の口内を調べると、食べかすが取り除けていないなど、衛生状態が十分に保たれていないことが多い」

予防には、日ごろから口の中を清潔に保つ「口腔ケア」が大切です。旧厚生省研究班の調査で、特別養護老人ホームの入所者を対象に2年間、歯科医や歯科衛生士らが週1回、歯磨きやうがいなどの衛生指導を実施したところ、口腔ケアを行った人は、ケアをしなかった人たちと比べて、肺炎の発症率が4割減りました

 「口腔ケアの基本は歯磨きです!」

食後と就寝前に、歯ブラシや歯間ブラシで、歯や隙間に付着している細菌の塊を落とすことが大切です。口に含んで吐き出す洗口液は、細菌の付着は防げるが、汚れを落とすことはできません。

入れ歯を使用している場合、入れ歯洗浄剤は過信せず、1日1回は入れ歯を外し、ブラシを使って食べかすを落とし、水で洗い流す。舌や頬、歯茎は、粘膜を傷つけないようスポンジ製などのブラシを使い、口の中全体をきれいにする。

介護が必要な高齢者は、ブラシで落とした汚れを、誤嚥してしまう恐れがあります。口腔用のウエットティッシュでふき取ったり、吸引ブラシで吸引したりすることが必要です。

 「口の中で落とした汚れは、確実に口の外に出すことが重要です!」

要介護高齢者の口腔乾燥への対応法は?

要介護1の高齢の方で、食事は自立していますが時々ムセているとのこと。口を開けて寝ているとことが多いため、口腔内が乾燥しているようです。誤嚥性肺炎を防ぐには、どう対応すればいいでしょうか?

舌の保湿を含めた口腔ケアを行いましょう。

誤嚥性肺炎は、発熱と胸部エックス線写真、ムセなどの症状から臨床的に診断されていることが多いようです。

長期間入院中の患者さんを対象としたコホート調査からは、誤嚥の状態にかかわらず、舌が乾燥しているほど37.5°C以上の発熱日数が多いということがわかりました。つまり、嚥下機能の低下の有無にかかわらず、舌の乾燥が肺炎を引き起こしている可能性が高いということになります。

一方で、高齢になり嚥下機能が低下してくると、舌苔が付着しやすくなります。舌苔は口腔細菌の温床となるため、舌が乾燥すると口腔細菌を肺に吸引しやすくなるということになります。さらに咳反射が弱いと、肺炎のリスクが高まることもわかっています。

実際に、施設入所中の要介護高齢者を対象に、毎食後のブラッシングと1%イソジン(ポピドンヨード)で咽頭を拭うことで、誤嚥性肺炎の予防効果があったことが日本の臨床研究で報告されています。海外では、体を起こしてから1日2回歯と歯肉をブラッシングして、0.12%クロルヘキシジン(CHX)でうがいをすることで、1年後に誤嚥性肺炎の抑制傾向が認められています。

これらのことから、舌の保湿を含めた口腔のケアが重要だということになります。

頭頚部放射線治療による口腔乾燥への対処法は?

頭頚部癌で放射線治療を受けている方がいます。主治医に口腔内が乾燥しやすいため気をつけるよう言われましたが、どのようなことをサポートすればよいのでしょうか?

放射線治療中も終了後も、その時の症状に応じた口腔保健指導が必要です。

頭頚部への放射線照射では、大唾液腺が照射範囲に入ることがあるため、唾液が出にくくなり、口腔乾燥が生じます。放射線治療による唾液腺の機能低下は、放射線治療中から起こり治療終了後も継続します。そのため放射線治療にともなう口腔管理開始が必要となります。口腔管理の目的は、放射線治療中は口腔粘膜炎が生じることから放射線治療完遂支援であり、放射線治療後は口腔乾燥、自浄作用低下による根面う蝕やそれに起因する根尖性歯周炎、あるいは深い歯周ポケットをともなう辺縁性歯周炎が顎骨へ感染することによって生じる放射線性顎骨壊死の予防です。

まず、口腔粘膜炎が生じる前に歯石除去、就寝前に歯間ブラシなどの補助器具を用いた清掃の指導とフッ化物塗布を行います。アズノール含漱剤と市販の保湿剤塗布を、毎食後と就寝前の1日4回行うように指導します。頭頚部への放射線治療による口腔乾燥症の改善薬として、サラジェン(ピロカルピン塩酸塩)を投与してもらうこともできます。

口腔粘膜炎が生じると、疼痛のためセルフケアがしにくくなるので、保清と保湿に重点をおいた口腔ケアを行います。

放射線治療終了後は、根面う蝕予防のためにフッ化物局所応用を行います。口腔粘膜炎が治癒したら、セルフケアとして1日2回のフッ化物配合歯磨剤を使用したブラッシング指導を行い、歯科医院での定期管理におけるフッ化物塗布を行います。

 

昆布による口腔乾燥・味覚障害の対症療法

口の中が「ヒリヒリと灼けるように痛い」「ベタベタ、ネバネバする」-そんな症状が現れれば、ドライマウスの可能性がある。ドライマウスは食べ物の味を感じにくくなる味覚障害などの原因となる恐れもあり、治療が必要です。東北大学大学院歯学研究科口腔診断学分野教授の笹野高嗣先生は、ドライマウスの改善に有効な、身近な食品を使った独自の治療法を見いだしました。

 

「口が渇く」より「ヒリヒリ」「ネバネバ」の訴え

ドライマウスとは、唾液分泌量が低下し、口内が乾燥した状態になること。加齢や薬の副作用、ストレスなどが原因で、口内のヒリヒリと灼けるような痛みやねばつき、口臭、味覚障害などを引き起こすことがあります。

笹野先生によると、ドライマウス患者が言葉通り「口が乾く」と訴えることは少なく、痛みやねばつきを訴える方が多いという。心当たりのある場合、口に水を含んで痛みなどの症状が消えればドライマウスである可能性が高い。

「うま味」に唾液分泌促進作用

唾液を分泌する唾液腺には、耳下腺、顎下腺、舌下腺を含む大唾液腺のほか、歯肉以外の口腔粘膜全体に存在する小唾液腺があるが、笹野先生はこの小唾液腺に着目している。小唾液腺は口腔粘膜の直接的な保護や保湿、再生の役割を担っており、ドライマウスの改善には小唾液腺からの唾液分泌量が重要だという。

さらに、小唾液腺からの唾液分泌には味を感じる味蕾細胞を保護する働きもある。そこで、笹野先生が小唾液腺における唾液分泌と味覚の関係について検討したところ、5基本味(甘味、酸味、苦み、塩味、うま味)のうち、酸味とうま味が唾液分泌量を大幅に増加させ、酸味による効果は一時的だが、うま味の効果は持続性があることが分かった。

 

昆布だしのうま味を活用

この結果を踏まえ、笹野先生は「うま味」を活用した独自のドライマウス治療法を発案した。

使用するのは、我々日本人に身近な食品でありうま味成分を含む「昆布」で、水500mLに昆布40g1晩浸してだしを取るだけ。お湯ではなく水を使うことでだしにとろみがつき、保湿効果が生まれる。使い方は、口の乾燥を感じたときなどに1日約10回、30秒間口をすすぎ、そのまま飲んでもよい。訓練を重ねることで、2週間ほどで唾液分泌の改善を実感できるという。